intermezzo

死んでも忘れられない観劇をして生きたい

角田光代『タラント』中央公論新社 〜自分の行動の小ささを認識すること

角田光代『タラント』中央公論新社

主人公・みのりは勤め先の洋菓子店で働き、夫とふたり暮らしの家に帰って食事をともにする日常生活を送っている。ふとした時に目にした友人の執筆記事を気に留めながらも目を通さない様子から、彼女が何かから目を逸らして生きていることが窺える。みのりは何と向き合うことから逃げているのか?学生時代にみのりが友人たちと熱中する支援活動が描かれるにつれて、彼女が何か「誤った」行動をしたことで、現在は活動から距離を置いていることが明らかになる。

この本を手に取ったのは、主人公のみのりが何かを「あきらめた」方の人間だというところに共通点を見出したから。みのりと同じく、私は学生時代に熱中した活動とは何ら関係のない仕事をしており、そのことに仄かな後ろめたさを感じている。「あきらめた」というほど大きな決断がともなうわけではなく、ただ就職して以来は目の前のことをこなすのに精一杯で、重い腰を上げて新しいことにコミットすることができないだけなのだが。

みのりが「麦の会」という国際人道支援を行うサークルで、気の合う友人たちと活動に打ち込み、「自分は何がしたいのか?」という問いを抱えながら他者と関わりをもっていく様子には、自分の大学生活を思い出して胸が熱くなる感覚がある。そうだ、私もこんな風にして、異なる背景で育った人たちとの出会いを通じて、自分の無知具合に恥ずかしくなったり、思いが通じ合った瞬間の喜びを分かち合ったりしたのだった。その時の自分と今の自分が地続きに感じられず、だからこそ学生時代を振り返るのも怖いのかもしれない。

みのりは大学卒業後に小さな出版社に就職し、スタディツアーへの参加や翻訳シールを貼った絵本を送る活動を続けながら、海外での取材をおこなう玲と翔太に対してそれぞれに言い表しにくい疑問ともいうべき思いを抱いている。玲は誰かに影響されて行動し、なりゆきで取材をすることが多いという。翔太の写真をみると、翔太の見える世界には正義は一つしかないように感じられる。みのりはそのことが辛い。難民キャンプから子どもが抜け出す手助けをしたことが果たして正しかったのか。目の前の人の役に立てると思ってやった行いを消化できないみのりにとって、翔太の写真は片面からみた正義を突きつけるようなものだったのだろう。さらに、友人・ムーミンが命を落としたことを契機に、生き残るべきは自分ではなかった、という思いに囚われる。この辺りのことは噛み砕けていない感触があるので、また読み返して考えたい。

「信念があるから続けられるのか」というみのりの疑問には同意するところがある。私も重い腰を上げて何かをしたい気持ちがほんのりと心のなかにあるくせに、一歩踏み出す勇気がない。「自分にはそれほどの信念はない」「自分はそれに値しない」と自分が自分をジャッジしてしまうところがある。

何が正しいか分からないなかで、たまたまでも上手く行かなくてもよい、という心持ちになるには、自分ができること……いや、「できる」なんて烏滸がましくて、自分を含めて人ひとりのやることなんてほんの小さなことである、と認識することが必要なんじゃないかと思う。誰かのやっている立派にみえる行いも、自分がやっている一見すると大した意味をもっていない仕事も、どちらも大きさとしては小さなことだ。自分の行いが誰かに与える影響なんて、その後にその人がどんな行動をするかで簡単に意味が変わってしまう。その時々で、そうすべきだと思うことを行動に移すことが人の営みだ。

みのりの祖父の清美は、戦争から帰り、「なぜ自分が生き残ったのか」という思いを抱えた。自分の過去を誰かと共有することを拒み、ただ「何もしない」ことを選んだ。みのりが自分のやりたいことから目を逸らして生きてきた姿と、清美の姿は重ねられている。そのことが明らかになるのは作品の後の方になってからだ。傷付いたり、疲れたりして「何もしない」を選んでから、再び足を一歩踏み出すまでに、必要な年月は人それぞれだ。清美にとっては何十年の歳月が必要だった。みのりにとっては十年。陸にとっては一年。それぞれのペースで、心が赴いたときに動けるように、消耗した心を労る。簡単なようでいて難しいことだ。明かしていないだけで、隣にいる他人もそんな時間を過ごしているのかもしれない。そんな想像力を今まで働かせたことはないけれど、休みたがっている人が目の前にいたら、そうしたっていいということを少しだけでも伝えるサインがあればいいのに、と思う。

この作品は劇的な展開をするわけではない。現代のみのり、学生時代のみのり、戦争にいった清美の視点で代わる代わる物語が積み重ねられてゆく。もし、みのりの行動が誰かにとって大きな意味をもたらした、という風に物語が帰着したら、この作品の読み味はまったく変わっていただろう。決してそうならないところに、この作品の良さがあると思う。大きな意味を宿さない誠実さ。何事も重く考えすぎて、後から振り返ればどうでもよい小さなことにくよくよしてしまう自分にとって、小さな行動の積み重ねを描くこの作品は、自分の小ささを良い意味で認識させてくれる物語だ。

 

2018年観たもの読んだもの

舞台

今年は観劇のほとんどが宝塚で、なかでも雪組に集中して通った一年でした。

お金と時間が無限にあれば全組どの公演も一度は観たい!けれども、どうしても望海風斗さん・真彩希帆さんの二人の率いる雪組を少しでもたくさん観たい気持ちが勝ってしまい、すっかり傾倒してました。

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ひかりふる路』は心にたくさんのものを残してくれました。

真っ直ぐに正しいだけの心では生きていけない人間にとって、迷いや苦しみ、罪の意識や後悔にまみれてもなお、希望やひかりを心の中に見出して照らしてくれる作品の力はとても大きい。現実を忘れるのではなく、自分の人生を生きるうえでも心に寄り添うメッセージを託してこの作品を生み出した生田先生に感謝しています。

だいもん、真彩ちゃん、咲ちゃんはじめ雪組生たちの役を生き抜く姿に心が震えて、エネルギーをたくさんもらいました。マクシム、マリー=アンヌ、ジョルジュが舞台の上で生きていた幸せな日々を忘れません。

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千秋楽には勇気を振り絞り、「今までで一番大好きな作品になりました」と生田先生にお伝えしたのですが、ド緊張しててファン丸出しでめちゃくちゃ恥ずかしかった!!けど、「そんな風に言っていただけて何よりの光栄です」と返して下さり伝えて良かったなと思いました。この先の生田先生の作品も楽しみ。

熱い夏の思い出Gato Bonito!!雪組生の魅力がこれでもかというくらい爆発してて、やっぱり藤井先生は生徒への愛があるなと嬉しかった!

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白猫咲奈様とガートボニート様の絡みも、だいきほコパカバーナも最高だったけど、お気に入りはサバンナの場面。望海風斗の歌う「今日裏切られても明日いいことがある」の説得力にやられた……劇場いっぱいに響き渡るだいもんのアカペラの歌声は、まるで神が大地の生命力を呼び起こすような、根源的なエネルギーを感じさせる。心にも身体にも共鳴する不思議な体験でした。 

『ファントム』は信じられないくらい素晴らしくて、来年の東京公演でさらなる進化を見届けるのがいっそ怖いくらい。

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雪組以外では月組BADDYが最高だった!「悪いことがしたい いい子でいたい」がパンチラインすぎて泣きそうになったよ。ちゃぴのグッディはセーラームーンプリキュアも通っていない私にとって、初めての女の子のヒーローです。 

昨年の『邪馬台国の風』新人公演以来、花組新公世代のファンなのですが、今年はMESSIAH』新公を観に行けた。

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実は本公演を観られず、新公ではじめて作品に触れて、作品自体に対してマジかよと思うところが多かった……信仰突然の救世主祭り上げ自決エンドっておい原田先生そりゃないだろ……大階段で殺された人たちを十字架の形に模すのは趣味悪すぎて本気で引いた。

98期生以下の花組生たちは今回も本当に素晴らしかったー!役を生きる心を感じて、とても引き込まれます。主演の聖乃あすかさんは情熱が見る側に伝わってくるお芝居でした。初ヒロインの舞空瞳さんはこれぞヒロインの輝きで清々しい。将軍役の希波らいとくんは短い出番ながらも、人の生きざまを見つめようとする心が伝わって印象的。長を務めた飛龍つかさくんのご挨拶は、舞台を作り上げる一員としての自覚を感じさせる立派な言葉で、胸が熱くなりました。これからも花組の新公はぜひ観続けたいです。

 

宝塚以外の舞台だとジャージー・ボーイズWHITEがとっても良かった。

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中川さん、中河内さん、海宝さん、福井さんの四人のハーモニーが刺激的かつ心地よい。ストーリーにほろ苦さがありつつ、みっともなさや弱さも人間らしさで愛おしい。音楽が好きだ!って気持ちでいっぱいになる幸せな観劇でした。

出演者のなかでは海宝さんの歌声と笑顔にやられた……。爽やかなのにどこか懐かしさを感じさせる歌声。あと英語の発音がすっごく好みです!!通路に降りてお芝居される場面で目の前でウインクを食らったのは心臓止まるかと。底知れない魅力のある人だなあ。

 

久しぶりに劇団四季も観劇できた。気になっていたノートルダムの鐘』です。

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KAATは『ドン・ジュアン』以来なので、開演前は記憶が蘇ってきて感傷に浸る。開演するとぐいぐい作品に引き込まれる圧巻の舞台。演出も面白い。たまたま観劇したのが千秋楽で、熱量の高さも堪能できた気がします。今思うと『ファントム』と重なる要素がたくさんあるので、もう一度観たい。

 

ライブ

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Kalafina 10th Anniversary LIVE 2018は一つの マスターピースと言えるようなライブ。セットリストはファン投票によって選ばれた上位25曲と直近シングル収録曲のみ。ライブの直前にプロデューサーの梶浦由記さんが事務所を退社され、Kalafinaというグループの先行きが不透明な状態でしたが、この先どうなるかにはまったく触れず、大掛かりな装置や演出もなく、ただただ彼女たちの届けたい音楽だけで構成された究極のパフォーマンスでした。

たまたまラジオでデビュー曲「Oblivious」を耳にしてから10年間、美しいハーモニーという核を変えずに、Kalafinaは音楽という恵みを私の心にもたらしてくれた。言葉では言い尽くせないけれど、メンバーの三人やプロデューサーの梶浦由記さんはじめ、Kalafinaの音楽に関わったすべての方々へ感謝の気持ちしかありません。

ライブの後、三人のメンバーのうちKeikoとHikaruがそれぞれ異なるタイミングで事務所を退社し、結果的にWakanaのみを残してKalafinaは実質的な解散状態に。Wakanaの初ソロライブには足を運ぶことができました。

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Wakana、Keiko、Hikaruの三人と梶浦さんで共に紡ぐ音楽はいったん終止符を打たれたけれど、それぞれの歩む音楽の旅はこれからも続いていく。いつかきっとどこかで、その道が交わると信じています。

 

世界一大好きで特別なアイドル山本彩さんの卒コン、SAYAKA SONIC〜さやか、ささやか、さよなら、さやか〜』奇跡のような特等席で、彩ちゃんのパフォーマンスをこの目で見られました。

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感傷に浸る気満々で参加したのに、最高の一言!全曲出演した彩ちゃんのパフォーマンスが格好良すぎて、惚れ直すばかりで、楽しくて夢中で。アイドル山本彩が最後に一番の景色を見せてくれた。

とくに自身が作曲した「孤独ギター」で振付担当メンバー日下このみさんと繰り広げたセッションはクリエイティブ爆発で死ぬほど格好良かった……。そして「野蛮な求愛」では、万博記念公園の3万人を抱いたと言っても過言ではない。まだまだ才能を磨いて開花させていく山本彩さんから目が離せない!そしてNMB48が好きだ!という気持ちでいっぱいになる卒コンでした。

山本彩さんは私にとって同い年の女の子であり、挫折を経験しても夢を追い続けていて、何でも出来るように見えて不器用な一面があって、とても遠い存在なのに憧れと親しみの両方を抱く特別な人です。「生涯現役で、皆さんの前で歌を歌い続けられるような人間でいたい」と語る彩ちゃんの言葉がファンとして嬉しくもあり、一人の人間として励みにもなっている。アイドルの道を選んだ彩ちゃんにも、青春そのもののように自由で熱く優しいNMB48というグループにも、「ありがとう」という気持ちでいっぱいです。

映画

1987、ある闘いの真実』がとても力ある作品で素晴らしかった。これは何年経ってもきっとまた見たい。

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はじめから信念をもって生まれる人などいないけれど、誰かの信念に触れたとき、自分の心にも思いが宿るときがくる。それと向き合うのは決して簡単なことではないけれど、思いを意志に、信念を行動した人の姿だけにできることがある、そう信じたくなる映画でした。

 

BL

心を捉えて離さなかったのはMarble

Marble (ビーボーイコミックスデラックス)

Marble (ビーボーイコミックスデラックス)

 

ビストロを舞台にしてた作品で、すごくときめくし元気になれるお仕事BLです。ビストロのシェフと彼の料理に惚れ込んで尽くしまくるギャルソンの二人なんだけど、互いに相手の仕事への惚れ込みっぷりが恋につながるのが最高……

あれだけ尽くしておいて「ぜんぶ仕事です」じゃ辛いに決まってる、ってくだりが大好きです。真理すぎる。二人の関係性の積み重ねがビストロの仕事を通してめいっぱい描かれてて、美味しい料理も食べたくなるし、仕事も頑張ろうと思えるし、本当におすすめ。何度も読み返してます。

 

 そして大好きな『憂鬱な朝』の完結。

憂鬱な朝8 (キャラコミックス)

憂鬱な朝8 (キャラコミックス)

 

 久世暁人と桂木智之というまったく異なる性質の二人の男の運命が交わり、どうしようもなく影響を及ぼし合いながら、自分たちの意志で生き方を選び、人生を切り開いていく物語。「家」というものに関わる人々と時間を感じる大河ロマンであり、「分かり合えない二人」がどうやって共にあろうとするのか?を見せる人間ドラマ。

私はなんと言っても暁人と智之の人としての魅力や成長ぶりに惹かれました。人は変わることができるし、未来は自分で作るもの。あんなツンケンしてた二人がこの先きっと笑顔で生きていくと想像すると優しい気持ちになれる。日高先生の次回作も心待ちにしてます!

フィギュアスケート

もっとも心に残ったパフォーマンスは平昌五輪ペアFSのアリオナ・サフチェンコ&ブルーノ・マッソー組。


Aljona Savchenko and Bruno Massot (GER) - Gold Medal | Pairs Free Skating | PyeongChang 2018

アリオナは私がペアを初めて見たバンクーバー五輪のころから素晴らしいトップスケーターだったけど、新たなパートナーであるブルーノとのチャレンジが最高の形で結実したパフォーマンスに、人間に限界はないのだと思い知らされました。

独創的な振り付け、完璧なエグセキュージョン、音楽との神秘的なほどの調和、女神のようなアリオナと大地のようなブルーノの個性の輝き……どれをとってもベストとしか言いようがない。

シングルほどにはカップルを見てきてないけど、知れば知るほど奥深いペアとアイスダンスの世界にこれからも魅せられていくと思います。

 振り返って

2018年、たくさん心に残る体験があったなかで、「出会いと別れを大切にしよう」と改めて思いました。

何よりもKalafinaが形をなくしたことが大きかった。別れを知らされずに最後のライブを経験したことになるけれど、それでも辛さや悲しさ以上に、Kalafinaの届けてくれた音楽と愛に対して伝えきれない感謝の気持ちを抱きました。彼女たちの人生も音楽の旅も、この先まだまだ続いていく。その道が少しでも優しいひかりに満ちているように、ただ祈っています。そしていつかそれぞれの道が交わるときには喜びを感じられるよう、私自身の心も大切にしておこうと思っています。

どんなものでも一つの区切りを迎えるときは必ず訪れるけど、そのときに時を止めたいと思うのではなくて、後から振り返ることもできるような思い出にするために、できる限り心の整理をしてお別れをしたい。それと、別れるばかりでは辛いから、新しい出会いだと感じたら行動しよう!と心にとめました。ほんとに行動力が弱いって自覚あるから、自分のために頑張りたい。

2019年も死ぬまで忘れられない観劇を求めて、本気とまったりを半々くらいで、たくさん色んなものを観るのが楽しみです!

2017年舞台ベスト

1. 雪組琥珀色の雨にぬれて/ “D”ramatic S!」

2. 花組『金色の砂漠』

3. 東宝レ・ミゼラブル

4. 宙組『神々の土地』

5. 花組邪馬台国の風』新人公演

 

5.花組東京 古代ロマン『邪馬台国の風』新人公演 作・演出:中村暁 新公演出:町田菜花

正直に言うと、本公演で見た『邪馬台国の風』は脚本や演出の粗に目が行って全く集中できなかった。新公大丈夫かな…と思ってたら(見る方の私が堪えられるかという意味で)、予想を良い意味で大きく裏切られた。

新公はそれぞれがはまり役と言えるくらいぴったりの配役。人物たちが感情を交わし、信念を貫いて青春を生きる物語として素直に入り込むことができた。

言ってしまえば本公演レベルの出来ではない脚本・演出だから、新公が本公演以上にちょうどよく見えたという側面はあると思う。ベテランの先生に対してこんなこと言いたくないけど、良くも悪くも新公レベルというか……脚本・演出・役者のバランスというか、過不足ないことって大事だなと痛感。

役の性質を的確に捉えて真っ直ぐに表現してみせた新公メンバーのパフォーマンスはお芝居・歌ともに素晴らしくて、本当に良い公演を見たなぁという気持ちにさせてもらった。

とくに、信念を瞳に宿しマナを包み込む器の大きさをもつタケヒコを演じた飛龍つかささん、繊細さな気持ちの揺らぎと芯の強さを表現したマナの華優希さんの主演コンビは、これから見せてくれる舞台が楽しみな存在になった。

 

4.宙組東京 ミュージカル・プレイ『神々の土地』 作・演出:上田久美子

『金色の砂漠』とは対照的に、開かれた物語。開かれた物語というのは、「神々の土地」には過去にも未来にも地続きな時間があり、解釈も観る者に委ねられていると感じたから。歴史物語として、とても満足度が高かったです。

一人ひとりの個人が信念をもち、ときにはそれを貫くことが難しくても、自分の意志で行動する。主人公のドミトリーのみならず、多くの登場人物たちのそんな姿が重なり合い、奥行きのある物語になっていて、まさに歴史であり、ものすごく完成度の高い作品。

トップ娘役不在だからか、ドミトリーという中心はありつつも極端にどこかの関係性に偏ることのない描写が成り立って、こんな風になったのかな。もしトップ娘役がいたらラブロマンスを濃くせざるを得ないと思うので。

ドミトリーはロシアの地を去り、イリナは死に、オリガは母とともに滅びるものの、フェリックスは呑気にアメリカで生きている。フェリックスの呑気さは意図的なものだと思うし、物語をことさらに悲劇と断じないところが好き。

とくにオリガは、ドミトリーはじめとする他者との交わりで視野が広がり、知性を開花させ、自ら考えて行動をするようになる。母に愛されているからではなく、母を愛しているから、という主体性。たとえ先に待つのが滅びゆく未来でも、オリガが自分の人生を自分で生きようとする意志に胸を打たれた。

オリガを演じた星風まどかさんは、個人的に大好きな娘役さん。役を生き抜く大きな生命力、意志を強く感じさせる瞳、舞台に全身全霊をかけられるひたむきさ。オリガというのは、まどかちゃんの美点を活かし、更に引き上げるような役だったと思う。

脚本も洗練された演出も素晴らしい作品だけど、一つ言いたいのは、上田久美子先生には歌をもっと大切にしてほしいということです。「今この人物が銀橋で歌ったのは、宝塚のお芝居で歌わせなきゃいけないからで、それ以上でもそれ以下でもないな」と思ってしまう瞬間があって、とてももったいなかった。せっかく歌わせるなら、もっと大きな意味を持たせられるはずだと信じます。

 

3.東宝レ・ミゼラブル

【ベストキャスト】バルジャン:ヤン ジャベール:吉原 コゼット:清水 マリウス:海宝

これだけ脚本も演出も出来上がっている作品であっても、演じる役者の解釈が自分にとっていかに大事なのか実感。

とくにバルジャンとジャベールは初見ではとうてい理解できず、さらっと観終えたことがショックで他のキャストのチケットを手配した。

2回目の吉原光夫さんのバルジャンの演技で、バルジャンという人は逮捕される以前より生粋の善人だったというわけではなく、神父様に救われたことによって「善き人であろう」と努め続けたのだ、と思った。吉原バルジャンの苦しみや葛藤は自分にすごく近く感じられた。

3回目のヤン・ジュンモさんのバルジャンは、吉原バルジャンとは逆に、とても柔らかい自分の本来の性質を守り抜いたのだ、と思うような演技だった。とくに清水コゼットとの相性が素晴らしく、誰の心も溶かしてしまうようなぬくもりを感じさせた。

ジャベールは吉原さんの憎いほど格好いい居方から、彼の譲れない矜持や誇り高さを感じて、すとんと腑に落ちた。

ヤンさん、吉原さん共にそれぞれの良さがあるバルジャンだったものの、ジャベールで吉原さんを選びたいし、清水コゼットとの演技が他を圧倒していたので、ヤンバルジャンをベストに。

海宝マリウスの少し浮世離れした姿はコゼットにもエポニーヌにも魅力的なはずだと自然と思えた。

フォンテーヌ、エポニーヌ、アンジョルラスは三人とも観たけど、決定的な好みはないのでベストは選びませんでした。

 

2.花組東京 トラジェディ・アラベスク『金色の砂漠』 作・演出:上田久美子

この公演は1回見たきりで後から何度も思い出したりしなかったけど、今年観劇したものを振り返ると、観劇したそのときの感情の大きさが蘇ってきた。

なぜかというと、自分の見たいものがそこにあったからじゃないかなと思う。なおかつ、この作品は極端に閉じた物語で、観たときに完結していたので、それ以上思い出す必要もなかったんですよね。物語に救いを見出すことすらフィナーレで済んでいる。

自分が見たいものは何なのかと言うと、強さや正しさや優しさだけではなく、弱さや正しくないことや痛みと向き合う姿。迷いすれ違いながら、求めるものや信じるものがある人たちの気持ちや行動であり、そこに確かに美しさがあるのだということ。

そういったものは時に生々しくなりすぎるんだろうけど、宝塚で見ると美しさがある意味では赦しになる気がする。全肯定ではなく、存在することを認めてくれるような。

ギイの未熟さとタルハーミネの誇り高さは、互いに分かり合えるものではなく、エゴイスティックな激情となって心を揺さぶった。一方で、ジャーとビルマーヤの祈るような愛や、ジャハンギールとアムダリヤの結びつきの強さや情の深さも、密度の濃い物語を描き出していたと思う。

この公演で退団された花乃まりあさんの硬質な美しさも印象的だった。私は「女は笑顔が一番」だなんて全く思っていない。タルハーミネの頑なさや苦悩は花乃さんの美しさを引き出し、彩っていて、こんな鮮烈な姿を最後に見ることができて良かったと思っています。

 

1.雪組全国ツアー「琥珀色の雨にぬれて/ “D”ramatic S!」

お芝居・ショーあわせて、雪組新トップコンビ望海風斗さん・真彩希帆さんのお披露目公演として素晴らしかった。

 

ミュージカル・ロマン『琥珀色の雨に雨にぬれて』作:柴田侑宏 演出:正塚晴彦

終わった恋の物語。大戦を生き残り、悠々と静養し、友人の妹である婚約者をもつ貴族の男が、成り上がりのモデル女にのぼせ上がったものの、結局は一時の交わりに過ぎなかった。傍から見ればそんな出来事。

けれど、この作品はそこにある恋の喜び、心もとなさ、ともに過ごす時間の静謐さ、自己が変わるような感覚、それらを美しく立ち現れさせる。

自分に折り合いをつけるような「セ・ラ・ヴィ」。喪失感や痛みを覆う、クロード、シャロン、ルイ、フランソワーズ、それぞれの諦念。

誰かを思うときだからこそ見える幻想のような景色や、雨にぬれることすら心地よい繊細な感覚。クロードの歌う「琥珀色の雨にぬれて」の質感。

クロードとシャロンの交わす感情や心の揺らめきは、この二人だけのものであると同時に、この作品だけのものです。再演を重ねるに足る作品の力だけでなく、そんな風に思えるものを見せてくれた望海さん・真彩さんのお二人が素晴らしかった。

私はこれまで「男役」というものに実はあまり関心がなかったのですが、だいもんのクロードを見て、あまりにも自然に素敵で、知らずに惹かれるくらい魅力的で、本当に驚いたし、これが男役を極めるということなんだなと思った。

真彩ちゃんのシャロン。誰よりも美しい立ち居振る舞い。分別を知りながらも、豊かな感情をもっている。私は真彩シャロンに恋してしまいました。タカスペで真彩ちゃんがワンフレーズ歌った「セ・ラ・ヴィ」に心が震えるくらい。

おそらくシャロンという役は真彩ちゃんにとってとても難しいものだっただろうけど、想像もしていないくらい格別なものを作り上げたことに脱帽です。

 

Show Spirit『“D”ramatic S!』作・演出:中村一

早霧せいなさん・咲妃みゆさんの退団公演のショーを再構成したもの。受け継いだバトンのもつ力を最大限に活かしつつ、今の自分たちの色で輝いてみせた、新生雪組の最高のショー。

中村一徳先生は、生徒に対する愛があたたかくて、本当に素敵な先生だなと思う。齋藤先生ほどの愛の重さとかアクの強さはないんだけど笑、退団公演がプレお披露目公演になるにはちょうどよい濃さだった気がする。

全国ツアーのパンフレットに寄せられた中村一徳先生のメッセージのあたたかさに私は泣きました。宝塚って本当に良いところですね。

なかでも好きな場面は、「Snow troupe・絆」にかわって新しく加わった「Snow troupe・希望」。絆の場面をリスペクトしながら、その先の道を歩んで、仲間とともに新たに未来を描こうとする展開。

「君の手を決して離しはしない永遠に 高く飛び立とう 君に瞳に希望が見える」の箇所がとても好き。

中村先生の歌詞はもちろん、青木朝子先生の曲もキャッチーだけど少し切なくて名曲です。

 

好きな5作を挙げましたが、次点は花組はいからさんが通る』。柚香少尉がずるかった!

今年見逃して後悔しているのは月組『グランド・ホテル』、ミュージカル『パレード』。

来年楽しみな舞台は『FUN HOME』『ジャージー・ボーイズ』『スリル・ミー』。実は宝塚ですごく楽しみな演目がまだないので、はやく新しい発表がないかなーと思っています。

2018年も楽しい観劇をたくさんできますように!

花組『邪馬台国の風』新人公演(東京宝塚劇場・8/17)〜邪馬台の兵士たちと、花組下級生たちの青春の日々

 これまで雪組宙組の新人公演を観てきて、花組は初めて。素晴らしい公演だった!数日経っても、良いもの見させてもらったなって余韻に浸ってます。記憶が薄れていくのがほんとに惜しいので書き残しておく。

 

 新公の二日前に本公演を観て、こりゃあんまり良い作品じゃないな……と思ったし、ブログには演出がヤバい!!古い!!って書いたけど、それだけじゃなくて脚本も弱いんじゃないか。つまり、作品のテーマを伝える力だったり、登場人物たちの行動の背景や心情の説得力が弱い。

 作品を脚本・演出・演者の三位一体って考えると、邪馬台国はどうしても前二つが演者の力量より弱くて、主演のみりお(明日海りおさん)がいくら抜群に美しくて歌が上手かろうが、観た後に「おいおいこれで終わりかよ……そうですか……」ってなるわけじゃないですか。私はなった、幕が降りるときにぽかーんって口が開いてた。

 けれど新公は、自分でも驚くけど、感動した。別れを告げたヒミコに見守られながら旅立つタケヒコの姿に鳥肌が立ったし、『邪馬台国の風』の物語に納得して清々しい気持ちになった。客電がついた瞬間、「いやーすっごい良かった!皆はまり役じゃない?!」って連れに話しかけたくらい。

 

 新公って、ふだん見られない下級生の魅力だったり頑張りを見る場だと思うけど、今回はそれ以上に作品として伝わってくるものがあったように思う。それは『邪馬台国の風』の脚本と新公メンバーという演者が、すごく相性が良くて、なおかつ客席に伝わるだけのパフォーマンスを新公メンバーが見せてくれたからじゃないかな。

 同じ脚本なのに、演者の持ち味が役にとても合っているせいなのか脚本の弱さを補い、物語がくっきりと浮かび上がる。いつもなら新公を見た後って、本役さんと比べてここが足りないよね、とかあそこはすっごく良かった!って見方になりがちなんだけど、『邪馬台国の風』では、また違う一つの作品を見たような気持ちになりました。

 

 全体的にとてもレベルの高い新公だったけど、何より、飛龍つかささん・華優希さんの主演コンビが素晴らしかった!二人とも初主演だけど、それを感じさせない堂々とした姿。真っ直ぐな力強さが持ち味のつかさ君と、可憐な容姿に美しい声をもつ少女の華ちゃん。二人の持ち味が合わさって、タケヒコとマナの初恋、別れの切なさが伝わってきた。

 主演の飛龍つかさ君は、幕開きのソロから素晴らしい歌を聴かせてくれて、バッチリの掴み。出来る人とは思っていたけど、まさかここまでとは。声質も豊かでとっても聴き心地が良い。最後の銀橋ソロはとくに決意のこもった力強い歌唱で、心奪われた。男役として大きな武器になる歌声なのでは。恵まれた体格と真っ直ぐな眼差しから力強さを感じさせつつ、お芝居からはタケヒコの誠実で温かな人柄が感じられました。こんなことを若手の生徒さんに対して思うのは滅多にないんだけど、つかさ君の包容力のある大きな男役像を見ると、この人が大劇場の真ん中に立つ未来があったら……と想像せずにはいられないです。

 ヒロインの華優希ちゃん。ものすごく美少女、そして美声。ヒロイン然とした美声に助けられている部分は大いにあるものの、お芝居もしっかりしていたんじゃないかな。娘役さんの場合、もうちょっと実力が伴ってからヒロインにした方が良かったんじゃ……ってケースもあるけど、研4での初ヒロイン、大成功だったと思います。この采配したの誰だか分からないけど(花組Pかな?)手腕を感じるわー。特別な力を持ちながら宿命に翻弄されるマナがはまり役に感じられたけど、『はいからさんが通る』で演じるのは真逆とも言っていい紅緒。どんな風に演じるのか、今からすごく期待が高まってます。

 主演コンビ以外の皆さんも、とっても良いお芝居をしていたと思う。亜蓮冬馬さんのアシラの頼もしさや、帆純まひろさんのフルドリの穏やかさ。舞空瞳さんのイサカのいじらしさ。紅羽真希さんのツブラメの心優しさ。それぞれの人物像が伝わってきて、役としっかり向き合ったんだなと思いました。

 タケヒコの師匠を演じた峰果とわさんも印象に残っているし、春妃うららさんのアケヒも確かな演技に素晴らしい佇まい。音くり寿さんの大巫女はぞくっとするほど神秘的な歌声。綺城ひか理さんの奴王は、悪くはないけど、新公主演も2回務めた方なので、もっと出来るんじゃないかな〜。狗奴国側の印象は個人的には薄かったかな。邪馬台側の人物たちに目が行ってしまって。クコチヒコの聖乃あすかさんは美しかったけど、どうしても、しどころのない役という風に感じられた。他にも大勢の生徒さんが出演されてますが、うーんここはちょっと、と思うようなことがほとんど無かった。花組下級生、スター候補の層の厚さに加えて、全体的にすごくレベルが高くて、本当に頼もしい。

 

 長のご挨拶は矢吹世奈さん。宿命を背負う登場人物たちと、与えられた役に向き合う自分たちを重ねて、とてもいいご挨拶でした。主演のつかさ君のご挨拶は、「幼い頃から夢見た宝塚で、こうしてお客様の前でご挨拶させていただけるのが夢のよう」「新公主演を務めさせていただいた者として恥じぬよう、これからも精進して参りたい」こんな感じの言葉だったかな。新公主演の重みを感じますね。正直、つかさ君にも主演してほしいけど果たしてチャンスが巡ってくるか……と思ってたから、こうして立派に務めた姿を見られて嬉しいし、これから先も自らの手で掴み取っていくだろうなと眩しかった。そして、これだけスター候補がいる花組だから、できるだけ多くの生徒さんに大きく花開くチャンスを与えてほしいなと思う。

 

 新公を通して一番感じたのは、『邪馬台国の風』は青春の物語なんだなと。タケヒコが邪馬台の兵士たちと共に鍛錬して過ごす姿は、今まさに同じ組で切磋琢磨する新公メンバーたちとそのまま重なる。そのなかで、マナと淡い初恋をして、彼女を守るために奮闘し、戦いで仲間を失い、最後には旅立ちの別れを告げる。遠く離れた地でも、風が吹けば思い出す青春の日々。こんな物語をくっきりと浮かび上がらせ、魅力ある舞台にした花組新公メンバー、そして演出の樫畑先生、素晴らしかったです。下級生時代を共に過ごしても、ずっと同じメンバーでいられるわけじゃなく、組替えがあったり、卒業する人もいる。けれど、この新公メンバーが作り上げる花組の未来はきっと明るいはずだし、そこまで目を離さずに追っていたくなる。そんな新人公演でした。次回は『ポーの一族』、きっと高いハードルだろうけど、どんな風にそれを乗り越えるのか?見届けたい気持ちでいっぱいです。

花組『邪馬台国の風/Santé!!』(東京宝塚劇場・8/15)〜演出のヤバさ・組の成熟と新鮮味の両立の難しさ

 花組は本公演しか観ないから、『雪華抄/金色の砂漠』以来の観劇。2番手のキキちゃんこと芹香斗亜さんが、先日宙組への組替えが発表になり、花組でのキキちゃんを見納めようと見に行った。

 

 お芝居『邪馬台国の風』は、大劇場での初日以来けちょんけちょんに言われている通り、ツッコミどころ満載すぎてある意味で衝撃だった。

 お話のつまらなさや説明不足以上に、演出がヤバい。マジでヤバい!!って語彙力ゼロの感想を抱くレベルでヤバい。頑張って説明しようとすると、たぶん古い。観ながらベルばらを思い出してしまったから、相当な古さなのでは……。

 具体的には、盆→回らない、背景→変わらない、場面→転換が少ないのに雑、演者→捨て台詞を吐いたら全力疾走で捌ける、歌→わりと脈絡ない、銀橋→ただの通路、こんな感じ。言い方悪いけど、全力疾走で捌けるのとか、ほんとに学芸会感があってクラクラした。どうしてこうなった。

 はじめこそ脚本の説明不足とか唐突さが衝撃すぎて何かあるたびに「は?!」って笑いを堪えるのに必死だったけど、衝撃に慣れちゃうと眠い。このお芝居を複数回見るのキツいし、出てる組子は一生懸命だけどどんな気分なんだろうって思ってしまった……花組は好きだしこんなことを思いたいわけではない!!

脚本・演出の中村暁先生の本公演でのお芝居新作は『麗しのサブリナ』以来7年ぶりらしいので、できれば感覚をアップデートしてほしいな……中村暁先生は個人的にはショーの方が好きだなと思った。

 

 ショー『Santé!!』は楽しかった!

 オープニングの弾ける楽しさ眩しさに、私が観に来たのはこれだー!!って満たされた……。男役の女装祭りはあまり歓迎しない派だったけど、今回は単純に眼福だった〜みんな綺麗!特に明日海りおさんは人間じゃない何か美しい存在って感じだった。あと、目当てのキキちゃん!かわいい系の人だと思っていたのに、すっかりシャープにお美しくなられて、見ててドキドキした〜!今のキキちゃんの容貌には危うげな美しさがありますね……。

 ただ、気になったのは、今の花組って良く言えば成熟、安定してるけど、悪く言えば新鮮味がちょっと足りないなあと。

 花組の本公演で洋物ショーは2015年の『Melodia』以来なんだけど、当時私は、花組の男役の体制って良い意味で強く安定しているなと感じてた。明日海・芹香・柚香のトライアングルに加えて、スター格の瀬戸・鳳月・鳳・水美のピラミッドがガチガチに堅くて、どんな場面でもフロントにいて目立つのはこの7人。それが当然と思わせるだけの突出したスター性。AKB48の神7的な安定と強さ。ここにゆきりん柏木由紀さん)は入れないんだね、みたいな感覚。

 そしてSanté!!。Melodiaから1年半、去年ミーマイでPちゃん(鳳真由さん)が退団。Santé!!でも上の6人の面々だけで主要なパートを占めていて、率直に言うと、代わり映えしないなと思ってしまった。娘役はそうでもないんだよね。研4の音くり寿さんは既に大事な戦力になって活躍してるし、他にも舞空瞳さん・華優希さんとか下級生に目が行く構成になってる。

 MelodiaからSanté!!の間に、新たに新人公演の主演をした男役は優波・綺城・飛龍の3人。主演はしていなくても、頭角を現している亜蓮・帆純・聖乃もいる。まだ実力が及ばない人もいるかもしれないけど、れっきとした若手スター候補じゃないですか?私が主に応援してるのは他の組だけど、今の彼女たちを見るのを心から楽しみにしてるのに、あまりにもMelodiaからポジションが変わってなくて、本気で驚いた。Melodiaの時点でも後列の彼女たちをオペラグラスで探して見てたのに、今回も同じことをするとは思ってなくて、ほんとに残念です。

 私は何も、花組神6(と勝手に呼ばせてもらう)が目立つのが嫌とかではない。Melodiaでは神7体制を見て強いサイコー!!って思ってたし、今も突出したスター性があると思ってる。個人に目を向けると、キキちゃんは実力もビジュアルも大幅に向上して素敵な2番手になったし、れいちゃん(柚香光さん)も安心して見られる実力になってきた。ただ、当時は研7で新公学年だったれいちゃん・マイティ(水美舞斗さん)も今や研9、中堅です。だから、フロントにせめて1人は新公学年の若手を入れて「おお、花組にはこんな若手スターがいるんだなー新鮮!」って感じさせてほしい。

 誰か人が抜けないと新しい人が使われないのって、言ってしまえば年功序列なんだよね。だから誰かが辞めないといけない雰囲気になるんじゃなくて、そこは演出家が上手く少しずつ使ってほしい。ただそれでも、神7からPちゃんが抜けて、そこに1人入れて7人フロントにすれば自然に納得したんじゃないかと思う。それが6人のままだから、バランス悪くなってマイティが割りを食ってる場面も正直あった気がした。タカラヅカってトップスター頂点で奇数なのが安定するからかな。

 次のショーは『ポーの一族』の後なんですよね。それまでショーでの新たな経験を得られるのを待たないといけない。もちろん、私が観に行ってない全国ツアーのショーでは若手がいい場面で使われてるだろうと思う。けど、宛書の新作ショーで自分のパートをもらうのが一番の経験だと思うから、次のショーではなにとぞよろしくお願いしたい!素敵な若手スター候補の活躍を見られるのを楽しみにしてます。 

ミュージカル『RENT』(シアタークリエ・7/8マチネ)〜翻訳ミュージカルの難しさと、チケットの値段に見合う舞台の条件って

シアタークリエでミュージカル『RENT』日本版を観てきた。

 

公式サイト:シアタークリエ ミュージカル『RENT』

キャスト

マーク:村井良大

ロジャー:堂珍嘉邦

ミミ:ジェニファー

エンジェル:丘山晴己

コリンズ:光永泰一朗

モーリーン:上木彩矢

ジョアンヌ:宮本美季

ベニー:NALAW

 

 RENTは2006年の映画版を何度か見ている。初めて見た当時は友人や先輩に熱狂的なRENTファンがいて、彼女たちの熱量には到底及ばないまでも、好きなミュージカルの一つ。クリスマスシーズンになると今でもよくアルバムを聴くんだけど、本当に素晴らしい曲が多いなぁとそのたびに思う。

 2008年から4回にわたり日本で上演され、2017年は2015年版からの続投キャストの多い再演らしい。今年活動を再開したCHEMISTRY堂珍嘉邦さんがロジャー役で2015年に引き続き出演されていることもあり、楽しみな気持ちで初めて観劇した。

 

 率直な感想を言うと、曲は好きなのに乗り切れなくて満足できなかったし、なんで物足りないんだろう?と考えながら見てしまった。

 この作品のメッセージや性質を考えると、観客を巻き込んで感情の渦を共有させることが肝なんじゃないかなと思うんだけど、私はそこまではいけず。なんというか、終始「この日本版ってどうなんだろう……」って思いながら見てる自分の意識が頭から離れなくて、没頭できなかった。

 

 観ているあいだも考えていたのは、こんな風に感じたのは言語の問題が一番大きいんじゃないかということ。

 私は英語の詞に詳しいわけではないけど、おそらく原詞が韻を踏んでいてとても耳触りよいのに対して、日本語はするっと頭に入ってくる訳にはなっていない。

 あと、"No Day But Today"や"Seasons of Love"とか曲の一番キャッチーなフレーズを原詞のままにして日本語に混ぜている箇所がそれなりにあるんだけど、これはあまり良くないんじゃないかな……。まあ、上に挙げたフレーズは作品の象徴であり核だから分かるとしても、他にもいくつかあって、その度に原詞の出来の良さを感じ、「なら日本語である必要ないんじゃ?」って考えが頭をよぎってしまう。

 母国語に翻訳された作品を観ることの大きな意味は、言語の障壁なく、作品の核にアプローチしやすくなることだと私は思っている。RENTに関して言えば、日本版の詞はむしろ頭を混乱させるから、この意味を充分になしていないんじゃないかと感じた。

 

 キャストのパフォーマンスは、続投キャストが多い回だったおかげか安定していて、ストレスなく観ることができた。

 マーク役の村井さんは、人好きのする持ち味が生きていた気がする。初めてミュージカル版を観たけど、マークは強烈な個性の表れるシーンみたいなものが無いので、あり方が難しいんだなと。個人的にはもっと押し出し強めでも舞台が締まって見えるんじゃないかと思う。

 ロジャー役の堂珍さんは、なんというか、もし堂珍嘉邦がロジャーみたいな人間だったらマジで面倒くさいな……って思いながら見てた。CHEMISTRY以外で堂珍を見るのが初めてだったんだけど、臆病で手負いの動物みたいな姿は新鮮で単純に面白かったし、ロックを気持ちよさそうに歌ってる姿を見て、ミュージカルが好きなら今後も色んな作品に出てほしいなと思った。

 全く知らない存在だったベニー役のNALAWさんが、メインの男性陣で一番ミュージカルで生きる歌声に聴こえて素敵だった。カーテンコールでも丁寧にお辞儀して感謝する姿がすごく好印象で目に留まったのと、髪のかきあげ方に美意識を感じた(褒めてます)

 唯一、エンジェル役の丘山さんの歌が不安定なのが気になったな〜。ドラッグクイーンの格好をしていない素顔がかわいらしくて、愛される雰囲気を醸し出していたのが素敵だった。

 他のキャストもそれぞれは良いパフォーマンスをしていると思ったけど、すごく引き込まれたわけではなくて、なんか客観視しすぎな感想になりそうなので割愛。

 

 RENT自体は好きなミュージカル映画だけど、日本版はミュージカル版か映画版を見ていないとさっぱり分からない部分が大いにあるし、たとえ見ていても筋が分かるだけで中身に没頭するのは難しいつくりになっていると思う。

 翻訳ミュージカルである以上は仕方ない面はあるんだけど、じゃあそれを補って余りある熱量や質の高いパフォーマンスかというと、そこまでにも至っていないなと個人的には思う。これに関しても、少人数の構成だから大きなエネルギーを生み出すのがとても大変だという面はある。ただ、その分クリエという小さい箱なので、もっと観客を巻き込むほどのものが見たいなと思った。

 

 私にとって、チケットの値段に見合う舞台の条件は、パフォーマンスの熱量の高さと、それに観客を引き込む力。押しと引きの強さ両方。好きで好きで仕方のない演者がいれば別かもしれないけど、私はそういう存在がほとんどいないから、思い入れ補正があまり無い。

 

 本当に正直に言うと、この舞台にS席11,500円というのは、RENTという作品に大きな愛のある人や、特別に好きなキャストがいる人を除けば、個人的には高すぎると思う。もちろん脚本と曲の素晴らしさには見合っているけれど、それだけでは足りない。

 私はRENTは好きなミュージカルの一つだし、特に曲が大好きで、堂珍嘉邦CHEMISTRYとして好きだけど、それでも押しと引きの強さ両方で、かなり物足りない舞台だった。

 RENTという作品のファンダムは日本でもとても大きいだろうし、今回の公演も客席は拍手すべきところで拍手し、カーテンコールでも盛り上がり、スタンディングオベーションして、という雰囲気だったから、たぶん見る目が厳しいと同時に、味方でいてくれる客席なんじゃないかなと思う。だからこそ、この舞台や客席について行けなくて、あれっ私ってRENT好きなはずなのにな……と寂しい気持ちにもなった。

 2018年にまた来日公演があるみたいなので、そちらも1回は観たいなと思ってます。クリエでも今後も再演がありそうだし、数年後には全く違った感想になるかもしれないと思って気長に待とう。

映画『20センチュリー・ウーマン』

公式サイトがすごく綺麗で見てるだけで楽しい。

20thcenturywomen-movie.com

20th Century Women | Official Trailer HD | A24

 

何か映画観たいなーと思ってるときにTwitterで良い評判を見かけたのを思い出し、場所と時間がちょうどよかったので渋谷シネパレスで観た。

トレーラーは字幕版よりオリジナルの方が見た印象そのままな感じだからこっちを貼っておく。

 

70年代アメリカが舞台ということ以外は全く何も予備知識のない状態で見たんだけど、すごく好きだった。

起承転結どころか、始めに何が起きて最後にこうなる、という区切りも存在せず、ただひとつ屋根の下に集っている人間たちを捉えたポートレートという感じ。

いちおう少年・ジェイミーの視点ではあるけど、タイトル通り、少年の母・ドロシア、幼馴染の年上の少女・ジュリー、家に間借りしている女性・アビー、この三人の女性たちを色んな角度から描いていて、ジェイミーがそれぞれから影響を受けたり、逆に与えたりする様がとても面白い。

 

これは作品の中身をまったく知らずに見たからとても驚いたんだけど、中盤以降にフェミニズムをかなり踏み込んで扱っている。

私はそれほど映画を見るわけじゃないから比較はできないけど、少なくとも自分が今まで見た映画でここまで明確にフェミニズムの言説を取り上げるものは見たことがない。

たとえば、家に人を呼んだ食事会でテーブルに突っ伏してるアビーにジェイミーが声をかけるんだけど、「生理だから辛いの」とジェイミーは返して、ドロシアに「辛いのは分かったから、ここで言う必要ある?」って感じにたしなめられる。アビーは「生理を生理って言って何がおかしいの?ほら、ジェイミーも生理って言ってみなさいよ」みたいなことを言い放って、食卓の全員で一緒に「生理」と声をそろえる場面なんか最高すぎた。

つまり、生理は本来なら隠すべきことでも何でもないし、女性と関わる男性にとっても当たり前に思うべきことなんだ…と私は捉えているけど、ここだけ読んで意味不明でも見たら分かると思うし、ほんとに面白かったから見てほしい。

この場面一つとっても、ドロシアはとてもオープンな考えをもった人物ながらも「生理」を全員で言うのは何なの?って反応だし、ジュリーははじめ下らないと言っていたのに終いには自分の性体験の話を始めるしで、単純なキャラクターじゃない多面的な人物像が浮き彫りになるのが良いなと思う。

 

ジェイミーは三人の女性たちと過ごすうちに、自分は女性に優しい男になりたいと考えるようになるし、実際女性に寄り添うことのできる男に成長していっているけど、未成熟さも丁寧に描かれている。その未成熟ながらもなりたい自分になろうともがく姿が、すごく眩しく見えた。

ジュリーに「あんたが好きなのはあんたの中の私でしょ」と断じられて、「ジェイミーとは近すぎてセックスしたくない」って彼女の意志を尊重するあたり、好きな女とセックスして大人になったねみたいな陳腐さがなくて良かった。

 

最後に「この頃が彼女(ドロシア)といちばん近かった」って感じのモノローグがあったのが印象的で、ジェイミーの人生でもっとも女性(それも違った個性をもった三人)と距離が近く、深く影響を受けた時期を映し出した作品のように感じた。

この作品はマイク・ミルズ監督の半自伝らしく、こんな時期を過ごした人の撮る作品ならもっと見てみたいなって気になる。

 

ことさら明るくも暗くもなく、過度にエモーショナルでもなく、心地よくて、人の描き方が抜群に良い映画。

たぶん70年代アメリカの文化を知ってるとより楽しめるけど、まったく知らなくても大丈夫。

印象的なやり取りがたくさんあったけど、見終わるとすっかり忘れちゃうからまた見たい。