花組『邪馬台国の風/Sante!』(東京宝塚劇場・8/15)〜演出のヤバさ・組の成熟と新鮮味の両立の難しさ

花組は本公演しか観ないから、『雪華抄/金色の砂漠』以来の観劇。2番手のキキちゃんこと芹香斗亜さんが、先日宙組への組替えが発表になり、花組でのキキちゃんを見納めようと見に行った。

 

お芝居『邪馬台国の風』は、大劇場での初日以来けちょんけちょんに言われている通り、ツッコミどころ満載すぎてある意味で衝撃だった。

お話のつまらなさや説明不足以上に、演出がヤバい。マジでヤバい!!って語彙力ゼロの感想を抱くレベルでヤバい。頑張って説明しようとすると、たぶん古い。観ながらベルばらを思い出してしまったから、相当な古さなのでは……。

具体的には、盆→回らない、背景→変わらない、場面→転換が少ないのに雑、演者→捨て台詞を吐いたら全力疾走で捌ける、歌→わりと脈絡ない、銀橋→ただの通路、こんな感じ。言い方悪いけど、全力疾走で捌けるのとか、ほんとに学芸会感があってクラクラした。どうしてこうなった。

はじめこそ脚本の説明不足とか唐突さが衝撃すぎて何かあるたびに「は?!」って笑いを堪えるのに必死だったけど、衝撃に慣れちゃうと眠い。このお芝居を複数回見るのキツいし、出てる組子は一生懸命だけどどんな気分なんだろうって思ってしまった……花組は好きだしこんなことを思いたいわけではない!!

脚本・演出の中村暁先生の本公演でのお芝居新作は『麗しのサブリナ』以来7年ぶりらしいので、できれば感覚をアップデートしてほしいな……中村暁先生は個人的にはショーの方が好きだなと思った。

 

ショー『Sante!』は楽しかった!

オープニングの弾ける楽しさ眩しさに、私が観に来たのはこれだー!!って満たされた……。男役の女装祭りはあまり歓迎しない派だったけど、今回は単純に眼福だった〜みんな綺麗!特に明日海りおさんは人間じゃない何か美しい存在って感じだった。あと、目当てのキキちゃん!かわいい系の人だと思っていたのに、すっかりシャープにお美しくなられて、見ててドキドキした〜!今のキキちゃんの容貌には危うげな美しさがありますね……。

ただ、気になったのは、今の花組って良く言えば成熟、安定してるけど、悪く言えば新鮮味がちょっと足りないなあと。

花組の本公演で洋物ショーは2015年の『Melodia』以来なんだけど、当時私は、花組の男役の体制って良い意味で強く安定しているなと感じてた。明日海・芹香・柚香のトライアングルに加えて、スター格の瀬戸・鳳月・鳳・水美のピラミッドがガチガチに堅くて、どんな場面でもフロントにいて目立つのはこの7人。それが当然と思わせるだけの突出したスター性。AKB48の神7的な安定と強さ。ここにゆきりん柏木由紀さん)は入れないんだね、みたいな感覚。

そしてSante!。Melodiaから1年半、去年ミーマイでPちゃん(鳳真由さん)が退団。Sante!でも上の6人の面々だけで主要なパートを占めていて、率直に言うと、代わり映えしないなと思ってしまった。娘役はそうでもないんだよね。研4の音くり寿さんは既に大事な戦力になって活躍してるし、他にも舞空瞳さん・華優希さんとか下級生に目が行く構成になってる。

MelodiaからSante!の間に、新たに新人公演の主演をした男役は優波・綺城・飛龍の3人。主演はしていなくても、頭角を現している亜蓮・帆純・聖乃もいる。まだ実力が及ばない人もいるかもしれないけど、れっきとした若手スター候補じゃないですか?私が主に応援してるのは他の組だけど、今の彼女たちを見るのを心から楽しみにしてるのに、あまりにもMelodiaからポジションが変わってなくて、本気で驚いた。Melodiaの時点でも後列の彼女たちをオペラグラスで探して見てたのに、今回も同じことをするとは思ってなくて、ほんとに残念です。

私は何も、花組神6(と勝手に呼ばせてもらう)が目立つのが嫌とかではない。Melodiaでは神7体制を見て強いサイコー!!って思ってたし、今も突出したスター性があると思ってる。個人に目を向けると、キキちゃんは実力もビジュアルも大幅に向上して素敵な2番手になったし、れいちゃん(柚香光さん)も安心して見られる実力になってきた。ただ、当時は研7で新公学年だったれいちゃん・マイティ(水美舞斗さん)も今や研9、中堅です。だから、フロントにせめて1人は新公学年の若手を入れて「おお、花組にはこんな若手スターがいるんだなー新鮮!」って感じさせてほしい。

誰か人が抜けないと新しい人が使われないのって、言ってしまえば年功序列なんだよね。だから誰かが辞めないといけない雰囲気になるんじゃなくて、そこは演出家が上手く少しずつ使ってほしい。ただそれでも、神7からPちゃんが抜けて、そこに1人入れて7人フロントにすれば自然に納得したんじゃないかと思う。それが6人のままだから、バランス悪くなってマイティが割りを食ってる場面も正直あった気がした。タカラヅカってトップスター頂点で奇数なのが安定するからかな。

次のショーは『ポーの一族』の後なんですよね。それまでショーでの新たな経験を得られるのを待たないといけない。もちろん、私が観に行ってない全国ツアーのショーでは若手がいい場面で使われてるだろうと思う。けど、宛書の新作ショーで自分のパートをもらうのが一番の経験だと思うから、次のショーではなにとぞよろしくお願いしたい!素敵な若手スター候補の活躍を見られるのを楽しみにしてます。 

ミュージカル『RENT』(7/8マチネ・シアタークリエ)〜翻訳ミュージカルの難しさと、チケットの値段に見合う舞台の条件って

シアタークリエでミュージカル『RENT』日本版を観てきた。

 

公式サイト:シアタークリエ ミュージカル『RENT』

キャスト

マーク:村井良大

ロジャー:堂珍嘉邦

ミミ:ジェニファー

エンジェル:丘山晴己

コリンズ:光永泰一朗

モーリーン:上木彩矢

ジョアンヌ:宮本美季

ベニー:NALAW

 

RENTは2006年の映画版を何度か見ている。初めて見た当時は友人や先輩に熱狂的なRENTファンがいて、彼女たちの熱量には到底及ばないまでも、好きなミュージカルの一つ。クリスマスシーズンになると今でもよくアルバムを聴くんだけど、本当に素晴らしい曲が多いなぁとそのたびに思う。

2008年から4回にわたり日本で上演され、2017年は2015年版からの続投キャストの多い再演らしい。今年活動を再開したCHEMISTRY堂珍嘉邦さんがロジャー役で2015年に引き続き出演されていることもあり、楽しみな気持ちで初めて観劇した。

 

率直な感想を言うと、曲は好きなのに乗り切れなくて満足できなかったし、なんで物足りないんだろう?と考えながら見てしまった。

この作品のメッセージや性質を考えると、観客を巻き込んで感情の渦を共有させることが肝なんじゃないかなと思うんだけど、私はそこまではいけず。なんというか、終始「この日本版ってどうなんだろう……」って思いながら見てる自分の意識が頭から離れなくて、没頭できなかった。

 

観ているあいだも考えていたのは、こんな風に感じたのは言語の問題が一番大きいんじゃないかということ。

私は英語の詞に詳しいわけではないけど、おそらく原詞が韻を踏んでいてとても耳触りよいのに対して、日本語はするっと頭に入ってくる訳にはなっていない。

あと、"No Day But Today"や"Seasons of Love"とか曲の一番キャッチーなフレーズを原詞のままにして日本語に混ぜている箇所がそれなりにあるんだけど、これはあまり良くないんじゃないかな……。まあ、上に挙げたフレーズは作品の象徴であり核だから分かるとしても、他にもいくつかあって、その度に原詞の出来の良さを感じ、「なら日本語である必要ないんじゃ?」って考えが頭をよぎってしまう。

母国語に翻訳された作品を観ることの大きな意味は、言語の障壁なく、作品の核にアプローチしやすくなることだと私は思っている。

RENTに関して言えば、日本版の詞はむしろ頭を混乱させるから、この意味を充分になしていないんじゃないかと感じた。

 

キャストのパフォーマンスは、続投キャストが多い回だったおかげか安定していて、ストレスなく観ることができた。

唯一、エンジェル役の丘山さんの歌が不安定なのが気になったな〜。ドラッグクイーンの格好をしていない素顔がかわいらしくて、愛される雰囲気を醸し出していたのが素敵だった。

マーク役の村井さんは、人好きのする持ち味が生きていた気がする。初めてミュージカル版を観たけど、マークは強烈な個性の表れるシーンみたいなものが無いので、あり方が難しいんだなと。個人的にはもっと押し出し強めでも舞台が締まって見えるんじゃないかと思う。

ロジャー役の堂珍さんは、なんというか、もし堂珍嘉邦がロジャーみたいな人間だったらマジで面倒くさいな……って思いながら見てた。CHEMISTRY以外で堂珍を見るのが初めてだったんだけど、臆病で手負いの動物みたいな姿は新鮮で単純に面白かったし、ロックを気持ちよさそうに歌ってる姿を見て、ミュージカルが好きなら今後も色んな作品に出てほしいなと思った。

全く知らない存在だったベニー役のNALAWさんが、メインの男性陣で一番ミュージカルで生きる歌声に聴こえて素敵だった。カーテンコールでも丁寧にお辞儀して感謝する姿がすごく好印象で目に留まったのと、髪のかきあげ方に美意識を感じた(褒めてます)

他のキャストもそれぞれは良いパフォーマンスをしていると思ったけど、すごく引き込まれたわけではなくて、なんか客観視しすぎな感想になりそうなので割愛。

 

RENT自体は好きなミュージカル映画だけど、日本版はミュージカル版か映画版を見ていないとさっぱり分からない部分が大いにあるし、たとえ見ていても筋が分かるだけで中身に没頭するのは難しいつくりになっていると思う。

翻訳ミュージカルである以上は仕方ない面はあるんだけど、じゃあそれを補って余りある熱量や質の高いパフォーマンスかというと、そこまでにも至っていないなと個人的には思う。これに関しても、少人数の構成だから大きなエネルギーを生み出すのがとても大変だという面はある。ただ、その分クリエという小さい箱なので、もっと観客を巻き込むほどのものが見たいなと思った。

 

私にとって、チケットの値段に見合う舞台の条件は、パフォーマンスの熱量の高さと、それに観客を引き込む力。押しと引きの強さ両方。

好きで好きで仕方のない演者がいれば別かもしれないけど、私はそういう存在がほとんどいないから、思い入れ補正があまり無い。

 

本当に正直に言うと、この舞台にS席11,500円というのは、RENTという作品に大きな愛のある人や、特別に好きなキャストがいる人を除けば、個人的には高すぎると思う。もちろん脚本と曲の素晴らしさには見合っているけれど、それだけでは足りない。

私はRENTは好きなミュージカルの一つだし、特に曲が大好きで、堂珍嘉邦CHEMISTRYとして好きだけど、それでも押しと引きの強さ両方で、かなり物足りない舞台だった。

RENTという作品のファンダムは日本でもとても大きいだろうし、今回の公演も客席は拍手すべきところで拍手し、カーテンコールでも盛り上がり、スタンディングオベーションして、という雰囲気だったから、たぶん見る目が厳しいと同時に、味方でいてくれる客席なんじゃないかなと思う。だからこそ、この舞台や客席について行けなくて、あれっ私ってRENT好きなはずなのにな……と寂しい気持ちにもなった。

2018年にまた来日公演があるみたいなので、そちらも1回は観たいなと思ってます。クリエでも今後も再演がありそうだし、数年後には全く違った感想になるかもしれないと思って気長に待とう。

映画『20センチュリー・ウーマン』

公式サイトがすごく綺麗で見てるだけで楽しい。

20thcenturywomen-movie.com

20th Century Women | Official Trailer HD | A24

 

何か映画観たいなーと思ってるときにTwitterで良い評判を見かけたのを思い出し、場所と時間がちょうどよかったので渋谷シネパレスで観た。

トレーラーは字幕版よりオリジナルの方が見た印象そのままな感じだからこっちを貼っておく。

 

70年代アメリカが舞台ということ以外は全く何も予備知識のない状態で見たんだけど、すごく好きだった。

起承転結どころか、始めに何が起きて最後にこうなる、という区切りも存在せず、ただひとつ屋根の下に集っている人間たちを捉えたポートレートという感じ。

いちおう少年・ジェイミーの視点ではあるけど、タイトル通り、少年の母・ドロシア、幼馴染の年上の少女・ジュリー、家に間借りしている女性・アビー、この三人の女性たちを色んな角度から描いていて、ジェイミーがそれぞれから影響を受けたり、逆に与えたりする様がとても面白い。

 

これは作品の中身をまったく知らずに見たからとても驚いたんだけど、中盤以降にフェミニズムをかなり踏み込んで扱っている。

私はそれほど映画を見るわけじゃないから比較はできないけど、少なくとも自分が今まで見た映画でここまで明確にフェミニズムの言説を取り上げるものは見たことがない。

たとえば、家に人を呼んだ食事会でテーブルに突っ伏してるアビーにジェイミーが声をかけるんだけど、「生理だから辛いの」とジェイミーは返して、ドロシアに「辛いのは分かったから、ここで言う必要ある?」って感じにたしなめられる。アビーは「生理を生理って言って何がおかしいの?ほら、ジェイミーも生理って言ってみなさいよ」みたいなことを言い放って、食卓の全員で一緒に「生理」と声をそろえる場面なんか最高すぎた。

つまり、生理は本来なら隠すべきことでも何でもないし、女性と関わる男性にとっても当たり前に思うべきことなんだ…と私は捉えているけど、ここだけ読んで意味不明でも見たら分かると思うし、ほんとに面白かったから見てほしい。

この場面一つとっても、ドロシアはとてもオープンな考えをもった人物ながらも「生理」を全員で言うのは何なの?って反応だし、ジュリーははじめ下らないと言っていたのに終いには自分の性体験の話を始めるしで、単純なキャラクターじゃない多面的な人物像が浮き彫りになるのが良いなと思う。

 

ジェイミーは三人の女性たちと過ごすうちに、自分は女性に優しい男になりたいと考えるようになるし、実際女性に寄り添うことのできる男に成長していっているけど、未成熟さも丁寧に描かれている。その未成熟ながらもなりたい自分になろうともがく姿が、すごく眩しく見えた。

ジュリーに「あんたが好きなのはあんたの中の私でしょ」と断じられて、「ジェイミーとは近すぎてセックスしたくない」って彼女の意志を尊重するあたり、好きな女とセックスして大人になったねみたいな陳腐さがなくて良かった。

 

最後に「この頃が彼女(ドロシア)といちばん近かった」って感じのモノローグがあったのが印象的で、ジェイミーの人生でもっとも女性(それも違った個性をもった三人)と距離が近く、深く影響を受けた時期を映し出した作品のように感じた。

この作品はマイク・ミルズ監督の半自伝らしく、こんな時期を過ごした人の撮る作品ならもっと見てみたいなって気になる。

 

ことさら明るくも暗くもなく、過度にエモーショナルでもなく、心地よくて、人の描き方が抜群に良い映画。

たぶん70年代アメリカの文化を知ってるとより楽しめるけど、まったく知らなくても大丈夫。

印象的なやり取りがたくさんあったけど、見終わるとすっかり忘れちゃうからまた見たい。

映画『Suffragette』(邦題:未来を花束にして)―当たり前なことこそ歴史的である

2017年1回目の映画鑑賞は映画『Suffragette』

youtu.be

 

この作品が本国で公開された2015年秋の時点では日本公開は決まっていなかったけれど、下記の記事で存在を知って、公開されてほしいなと思っていた。

mephistopheles.hatenablog.com

2016年9月に公開決定が発表されてからずっと楽しみにしていて、その期待に違わず、すごく良かった。

公開まで時間はかかったけど、自分にとっては良いタイミングで観ることができた気がしているからとても幸運だと思う。

 

自分の話をすると、2016年はジェンダーフェミニズムを考えた年だった。

きっかけは色々あるから割愛するけど、「女らしさ/男らしさ」に囚われることからどうやって逃れられるんだろう、とか、現実に目の当たりにしてる性別間の不均衡ってどうして無くならないんだろうとか。

そういう気持ちで情報にアンテナを張るようになって、「これってどうなの?」って思った出来事に対するフェミニズム的視点からのツイートや記事を見たり、自分の考えたことを誰かに話したり。

そうすることを通じて知ったのは、自明に思われることは歴史的だ、ってことだ。

 

成人した年には、政治のことをよく分かってないけど張り切って選挙で投票して、それが特別なこととは少しも思わなかった。

だけど、そんな風に今では私にとって当たり前のことが、当たり前じゃなかった時代がある。

時代と言うと大昔みたいに聞こえるけど、日本ではおよそ70年前だから、今から遠くない地続きの頃だと思うと、なんというか実感がわかず驚かされる。

この作品はそんな私に有無を言わさず実感を生んで、当たり前じゃない状態への想像力を刺激してくれる。

 

『Suffragettte』の舞台は1912年、およそ100年前のイングランドで、キャリー・マリガン演じる主人公モード・ワッツは24歳。

モードには夫と息子がいる。幼い頃から洗濯女として工場で働いて主任を務めているけど、同じ工場で働く夫よりも低賃金。工場長はモードを多少「良くして」くれているように見えるけど、モードは彼から(おそらく働き始めた幼い頃から)セクハラを受け続けている。

同僚のヴァイオレットの誘いをきっかけに、女性参政権を求めるサフラジェットの運動を理解し、「自分にも他の生き方があるんじゃないか」という思いから運動に身を投じるようになる。

 

この映画を観ると、選挙で投票するほかにも、私にとって感覚的に当たり前のことが、いかに歴史的に成り立っていったかを痛感する。

たとえば、はじめは深入りしないつもりだったモードが積極的に運動に参加するようになって何度か逮捕されると、夫のジョージはモードを家から追い出して、息子と会わせないようにする。しまいには、モードに断りなく息子を養子にやってしまう。ジョージのやってることは今なら不当だけど、当時はそうじゃない。母親には父親と同等の親権がないから。

モード夫妻だけじゃない。活動のリーダー的存在の女性は逮捕された際、保釈金を払いに来た夫に対して、一緒に逮捕された仲間たちの分も保釈金を払ってほしい、と言う。けれど、活動に理解のあるはずの夫は払わずに彼女を連れ帰る。「私のお金よ」と彼女が言っているのに。自分のお金の使い方を夫に決められてしまう。

もっとも、これらのことは今でも起こりうる。そう思うと、自明なことなんて本当はないということに自覚的でいたいなと思う。

 

女性参政権運動には、彼女たちサフラジェットとは違って過激な手段には訴えずに活動する人も多かった。

だから、投石や爆破を繰り返したサフラジェットの行動を理解に苦しむとか、異常な集団としてしか評価しない向きもあるし、この映画を観てそう感じる人もいるかもしれない。

確かに、メリル・ストリープ演じる指導者エメリン・パンクハーストのカリスマ性はサフラジェットを熱狂をさせたし、手段の過激さそのものを称揚する必要はない。

だけど、それらの原動力である感情は正当なものだし、ここまでの行動に至らしめるほどだと理解できる。

私は観ている最中、自分と同じ年齢のモードの直面する現実の辛さに手が震えたし、怒りや悲しみに同調して涙が出た。

彼女たちの行動は、子供たちのような後の世代のためでもあるけど、何より自分自身のためだったはず。それだけの切実さが描かれている。(そう思うなら「未来を花束にして」なんて邦題や「百年後のあなたへ」なんてコピーは浮かばないと思うんだけど、本当にどうしてこうなったんだよ!)

女性だからこその生きづらさを少しでも感じたことのある人の方が、モードたちの感情や行動を理解しやすいと思うけど、そうでない人にもぜひ観て感想を教えてほしいなと思う。

 

サフラジェットのスローガンに"Deeds not words"(言葉ではなく行動で示せ)というものがある。

これは言葉に耳を傾けてすらもらえない状況を打破するためのスローガンで、言葉そのものを否定するわけではないと解釈していて、言葉にすることも行動の一つであると思う。

この映画を観て、すっごく良かったからできるだけ多くの人に観てほしい!と思い、自分の記憶に残したいのと誰かの目に留まってほしい気持ちの両方で、記事を書いておく。

 

サフラジェットの活動した時代には女性に参政権がないのが当たり前だったように、今は当たり前だと広く思われていることでも「それっておかしいよね?」と思う人が増えて、当たり前じゃなくなっていく。

それは自分にとって望ましい変化とは限らないけれど、なぜ自分がそう思うのかを考えるとき、歴史と向き合うことはその材料になるんじゃないだろうか。

そういう意味で、私にとってはこの作品は「女性映画」でもあるけれど、何より「歴史映画」だなと思う。

 

追記

前に日本語でサフラジェットについて調べたとき、ネットにはちょうどいい記事がなくて、論文や学術書のほかは英語版Wikipediaを読むしかない状態だったんだけど、映画公開にあわせてWikipediaの記事を翻訳してくださって、とても分かりやすくなりました。ありがとうございます!

サフラジェット - Wikipedia

d.hatena.ne.jp

あと、Googleで「サフラジェット」と検索しても『未来を花束にして』の公式ページが一向に出てこなくて(レビューとか感想はヒットする)、スニーカーのページとかが先に出てくるのが気になった。邦題について文句言うのが主旨じゃないんだけど、ちょっとこの状態はあまりにもどうかなと思う。もったいないです。